女性用媚薬の歴史を辿る|ハーブ・魔術・漢方などから歴史背景を探る

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媚薬の歴史

媚薬の歴史は古く、なんと西暦1000年ほどにさかのぼります。
当時はワインや特定のハーブなどが使用され、世界各地で使用されていました。

 

しかし、12世紀にはヨーロッパ全土で法律によって媚薬の使用が禁止された事もありました。
中世になるとヨーロッパ全土で媚薬の人気が高まるようになります。
「グリーモア」と言われる媚薬の使用方法や製造方法が記載されている指南書も多く作成されるようになりました。

 

しかし、この頃に媚薬とされたものは、さまざまな動物の体の一部や血液、人間の血液などあたかも「魔術」と思われるような原料が普通に使用されているものでした。
また、「魔女」や「シャーマン」と言われるような「魔術使い」がおり、この魔術使いが動物を原料とした媚薬を作っていたりしました。
媚薬とは「魔法」の一種のようなものであると思われていたのです。

 

その後は「牡蠣」や「トリュフ」など入手が困難な食べ物がイコール「精力がつくもの」とされて「媚薬」として利用されたりしました。

 

日本での媚薬の歴史で記録の残っているものは、江戸時代に浮世草子や人形浄瑠璃作者などとして有名な「井原西鶴」が書いた「好色一代男」や、俳諧師として有名な「小林一茶」が書いた「七番日記」などに、さまざまな漢方を利用した媚薬を使用していた、という記載がされています。

 

また、媚薬や秘具の専門店である「四目屋」では「イモリの黒焼き」を媚薬として販売していました。
ちなみに、イモリの黒焼きは現在でも滋養強壮の効果のある漢方薬として使用されることもあります。

 

このように、媚薬は古い時代から一般的に使用されていたものだったのです。
現在の媚薬は「催淫剤」や「性ホルモン剤」のことで、性欲や性ホルモンの分泌を促すものなどが販売されています。